「持つこと」=コストになる時代の飲酒習慣について

「持つこと」=コストになる時代の飲酒習慣について

ミニマリストには到底なれないと思いながら、憧れは断ち難く「ミニマリスト しぶのブログ」とか飯島彩香さんの「楽して身軽に賢く暮らす」なんかを読んでは、気分だけミニマリストになっている。

冷蔵庫もフライパンもない、とかは、さすがに極端だと思うけど、自分の人生にとって、なにが必要最低限かを明確にするスタンスには惹かれる。

所有はコストに直結する。そしてコストが大きくなればなるほど、動きづらくなってしまう。

たとえば月に50万円必要とする生活ではできない挑戦が、月15万あれば生きていけるとわかっていればできるように。

たしかに、生活に必要な多くのものは、スマホ一台に入るようになってしまった。

書籍を電子化し、季節の衣類や荷物をサマリーポケットかなんかに預けてスマホ上で管理すれば、あとは布団と台所まわりのスペースがあれば十分生活できてしまう。

ほぼ外食暮らしであれば、台所まわりも不要なのかもしれないし、逆に自分の場合は、気に入りの何冊かの本や器は、やはり手元に置いておきたい。それは、きっと人それぞれで、なんだかわからないけどとりあえず保管しているもの、場所をとっているもの、コストをかけてしまっているものを見直すことで、ずいぶん自由になれる。そういうことなんだろうと思う。

そんなふうに思って、自分の家計を見直すと、これまで飲酒にずいぶんとコストをかけてきたな、と気づく。

そう感じるのは、数ヶ月前に自分が禁酒したからだ。

それまでは、一日にワインボトル一本空けるのは普通だったから、家計に与えるインパクトも大きい。

「大変じゃないの?」と心配してくれる人もいるが、そうでもない。その理由のひとつは、この数年、周囲に禁酒する人が増えてきて、ノンアルの会食が珍しくなくなってきたからだと思う。

若い人の酒離れというが、40〜50代でも、ピタッとやめている人が多い。「この流れは加速していくんじゃないか」と話している。

現金なもので、やめてみると、酒のどこがよかったのか、よくわからなくなった。

酒をやめたことで、朝の気だるさや気持ち悪さはなくなり、目覚めが快適で、むくみがとれ、食事がおいしくなり、休日を二日酔いで台なしにすることもなくなった。

そして、自分にとって何よりよかったのは「酒がなくてはだめ」という状態、つまり、自分で酒を選んでいるつもりで、酒に隷属している状態から抜け出せたことだった。

月々のほぼ固定費化していた酒代もなくなった。

自由を選択しているつもりで、いつの間にか囚われて不自由になっていることがある。

ほんとに美味しいお酒を愉しむのは素敵だと今でも思う。酒にまつわる文化も好きだ。でも、単に習慣に支配されてしまえば、それは生活を不自由にするファクターになってしまう。

なにが本当に「それがなければ生きられない」ものなんだろう。なにが本当に自分の人生を豊かにしてくれるんだろう。

それを見極めること、自由を掴む力が、これから必要なリテラシーになっていくんだろう。