「誰」がトランプを大統領にしたのか? データが「世論」をつくり出す

結構、分厚い本だ。400ページにわたるノンフィクション。しかし、ひとたび本を開くと夢中で読み進めてしまう。

著者のクリストファー・ワイリーは1989年カナダ生まれのゲイ。2016年の米国大統領選でのトランプ陣営、あるいはブレグジット陣営に、Facebookのデータを利用して勝利をもたらしたとされるケンブリッジ・アナリカ(CA)の元研究部長で、内部告発を行なった「本人」。面白くないわけがない。

主人公の務める英国SCLは、軍事心理戦や影響工作を請け負う「戦略的コミュニケーション研究所」。ある日、主人公のもとにひとりの男が訪れる。男の名前はスティーブ・バノン。後にトランプ陣営で選挙を戦い、首席戦略官に就任するバノンその人だ。

バノンは米国右派の億万長者を連れてきて、SCLへの出資が決まる。ケンブリッジ・アナリカ(CA)はSCLの子会社として設立され、バノンは副社長に就任する。

CAのアプリが14年夏にローンチとなったとき、バノンは「文化を変えることで政治を変える」を目標にしていた。そのための武器はフェイスブック、アルゴリズム、ナラティブだった。

「ナラティブ」(物語)という言葉は、国際政治や外交、安全保障の文脈でもよく使われる。たとえばISIS(いわゆる「イスラム国」)が若者をテロに駆り立てる時、自分の命を捧げることによって英雄になり、あの世で絶世の美女に囲まれるという物語がささやかれる。世界の枠組みを語る言葉、組み立てられた物語によって大義が生まれる。

CAはFacebookを通じて、何千万人にも上るアメリカ人の個人プロファイルを入手する(「2014年8月、フェイスブックアプリのローンチから2カ月後。そのころまでにケンブリッジ・アナリカ(CA)は、アメリカ人を中心に8700万人以上に上るフェイスブックアカウントの情報を入手していた。」)。

おそろしいのは、ハッキングや盗難によって個人データを盗み出したわけではないということだ。彼らはFacebookアプリを通じて、個人プロファイルを入手する。「ユーザーはアプリを使うために自分のパーソナリティーについてアンケートに答える。そうすると性格診断結果をもらえる。一方アプリ開発者はユーザーの心理プロファイルを保存し、研究用に利用する。」。つまりSNSでよく拡散されている「あなたの成分は○○です」といったアプリを利用することで、自分の個人情報が第三者の手に渡っているということだ。

さらに自分だけでなく友達リストの個人プロファイルも筒抜けになっていたことに背筋が寒くなる。Facebookの情報は、別のデータ(たとえば消費者データ)と統合することで、どんな情報に「いいね!」したかはもちろん、住所も支持政党も、子供を通わせている学校まで含めたプロファイルリストが蓄積されていく。

CAはこのリストから「平均的市民よりも衝動的怒りや陰謀論に傾きやすい集団」などを選んで、Facebookグループや広告、記事を経由してナラティブを流した。「怒りに火を付けるようなビデオや記事の投稿」だ。SNSを通じて、あるいはリアルの集会で(ここにもCAはサクラを用意する)ナラティブは社会に拡散していく。トランプの使う「壁を建設しろ!」「ヘドロをかき出す」といったフレーズは、CAが実験で発見し、バノンへの報告書にも記されたフレーズと瓜二つだったという。

バノンは「アメリカ精神」の中に最も醜い偏見を見つけ出し、そのような偏見に取り付かれたアメリカ人に対して「あなたは被害者です」「長い間にわたって本当の気持ちを隠さざるを得なかったのです」といったメッセージを流そうと考えた。アメリカ人の心の奥底には今にも爆発しそうな怒りがたまっている、とみていたのだ。

CAは「実験場所」としてアフリカと南国諸島を選んだ。次にバージニア州、そして合衆国全体へと広げていく。

アフリカで部族対立をあおるのに成功すると、CAは次にアメリカに目を向けた。すると、『MAGA(アメリカを再び偉大に!)』や『壁を建設しろ!』といった叫び声がこだまするなど、どこからともなく『アメリカ版部族対立』が起き始めた。

筆者の目を通じて描かれるバノンは、ある種の狂信者だ。「人種差別は是正されるべきだ」と考えるリベラリズムを否定し、「認知バイアスをうまく利用して、退屈でつまらない社会に毒されたターゲットを洗脳から解き、彼らに自己実現してもらうのだ。」。

バノンの夢は「人工社会の中に人工スパイ(中略)を送り込み、経済や文化に干渉できたら? 史上最強の『マーケットインテリジェンス』ツールの完成だ。ここに定量化した文化信号を加えれば、『文化金融』とでも呼べるような新領域に到達するのも夢ではなくなる。」と考える筆者の夢と交差し、やがて怪物のようになっていく。

米国大統領選だけではない。CAがどのようにして間接的にブレグジット推進派を支援したか。バノン、そしてロシア諜報機関がどのような役割を果たしたか、ウィキリークスとの接点は何か。それぞれ筆者が出席したミーティングの描写、具体的な人名を伴って描かれている。

DXが叫ばれる中で、データというものがかくも容易に第三者の手にわたり、潜在的な怒りや劣等感を刺激することによって、まるで「兵器」のように利用されることは、おそろしいことでもあるし、一方で、アナログかデジタルかという差異さえ除けば、人類は有史以前から、こうしたことを繰り返してきたのではないかとも思わされる。細分化されたターゲティングとナラティブ(物語)のデリバリーによって、ブレグジット、そしてトランプ勝利という予想だにしていなかった結果を私たちは見た。

そのバノンは2017年にホワイトハウスを去り、2020年8月に逮捕された。2020年11月の米国大統領選。勝つのは誰か。どのように「世論」は形成されているのだろうか。

マインドハッキング: あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア