人類の歴史は「モテたいおっさん」vs「優等生の出来杉くん」の戦いの軌跡である

人類の歴史は「モテたいおっさん」vs「優等生の出来杉くん」の戦いの軌跡である

先日読んだ『マインドハッキング』で私は「インセル」という言葉を知ったのだった。

インセル。Wikipediaによると、

インセル(英語: incel)は、”involuntary celibate”(「不本意の禁欲主義者」、「非自発的独身者」の2語を組合せた混成語である。望んでいるにも拘わらず、恋愛やセックスのパートナーを持つことができず、自身に性的な経験がない原因は対象である相手の側にあると考えるインターネット上のサブカル系コミュニティのメンバーを指す。

Wikipedia

なんと身もふたもない説明。

本によれば、米国でインセルコミュニティが生まれた背景は大きく3つある。第一に経済的な苦境。若いミレニアル世代に属し、父親世代の若い頃と比べて可処分所得が数ない。第二にイケメンでないとモテない。第三に、女性の経済力が向上したことで、選り好みされるようになる。つまり顔面偏差値が低く稼ぎの悪い男は非モテであり続けなければいけない。父親世代であれば、経済的余裕があったり女性の稼ぎが少なかったりで、たとえ非モテでも結婚できていたものが、容赦なくあぶれてしまうということのようだ。

このインセルたちは、米国の匿名掲示板サイト「4chan」に集まるようになったという。なんだか、ものすごく見覚えのある風景だ。

若者だけではない。この本では「ストレート白人男性の引きこもり」について触れている。

ストレートの白人男性ーー特に高齢者ーーは特権を教授していた時代に育ったことから、今でも古い価値観を引きずっている。人種差別も女性蔑視も正常な社会慣行と捉え、何の加減もしないで女性や有色人種を話題にする。でも、時代とともにアメリカの社会慣行は進化しており、今では人種差別も女性蔑視も通用しない。となると、このような白人男性は生まれて初めて厳しい現実に放り込まれることになる。

そうした白人男性たちの鬱屈を煽ることによって「アメリカを再び偉大に!」と叫んだトランプの勝利を導いたとしているのだが、それはともかく、同じような風景を日本でも目の当たりにしている気がする。

考えてみると、人類の歴史というのは「モテたいおっさん」vs「優等生の出来杉くん」の戦いの軌跡ではないだろうか。

自分の偉大さは称賛されるべきであり、女性はかよわく男性に追随するべき存在で、性分業はあたりまえ、子供をたくさんつくって家を発展させることこそ絶対正義であり、その道から外れる人々、たとえばLGBTや未婚者は徹底的に非難する「モテたいおっさん」(メスにたくさんの子供を生ませることが自分の正義のよりどころなら、それを脅かす人たちは糾弾すべき対象になるから)。

それに対して、人間は平等であり、男女の差はなく、ひとりひとりが個性を持ち、多様性を最大限に活かすことこそ正義だと考える「出来杉くん」

この数十年、世界(欧米諸国やアジア)は後者の方向に向かっているけれど、忘れてはいけないと思うのは「モテたいおっさん」の欲望や嫉妬はすさまじく、あなどりがたいということだ。

独身女性である私は後者の発展を心から願っているけれども、昭和時代のプロトコルを発動させたばかりにセクハラ認定されたり立件されたり、夫婦共働きがあたりまえになっているにもかかわらず「母親や嫁が家事をして当然」などと発言して総スカンをくらう(「ポテトサラダ炎上事件」は常識をアップデートできなかったおじさんの典型的な事例だと思う)「モテたいおっさん」の欲望は、誰にも承認されることなく地下深くどろどろとマグマのように蓄積されているのでないだろうか。

そんなおそろしいマグマが噴火しませんようにと祈っている。心から。