DX時代の資本主義、価値、そして幸せとは 「共鳴する未来」(宮田裕章)

DX時代の資本主義、価値、そして幸せとは  「共鳴する未来」(宮田裕章)

とても面白かった。慶應義塾大学医学部教授・宮田裕章氏の本。新型コロナウイルス感染症対策で厚生労働省とLINEと連携して全国調査を実施した学者、NHK「クローズアップ現代+」はじめメディアでよく見る銀髪の先生といった方が通りやすいかもしれない。

全国8300万人のLINEユーザーを対象とした調査の結果、どのようなことがわかったのかという考察はもちろん、この本の面白さは「石油からデータへ」といわれる産業革命以来の大変化を経てやってくる新しい世界を描いていること。新型コロナは変化を加速するきっかけに過ぎない。

20世紀に世界の時価総額トップに君臨していた石油メジャー4社の時価が2012年にGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)に抜かれ、いまや時価総額トップ10の企業はGAFA、中国のアリババやテンセントといった企業によって占められている。こうした現状の説明から序章は始まる。

DX(デジタルトランスフォーメーション)とはなにか

DXを、「情報技術による効率化の推進」と表層的に理解すべきではありません。ポイントはあくまでも、「人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」ことにあるのです。

として、中国アント・フィナンシャルの社会信用スコア「芝麻信用(ジーマ・クレジット)」を例に挙げる。ユーザーはスマホのアプリを通じて、職業や年齢、支払や取引状況、交友関係や消費傾向をもとに点数づけ(スコアリング)される。スコアの高い人は、補償金が免除されたり、融資や子供の進学でも有利になるなど、さまざまな優遇が受けられるというもの。

よくわかるのは、アナログの情報をデジタルに置き換えただけ(たとえば、お役所でよくあるPDFの書類をサイトにアップしただけ)では、DXでもなんでもないということだ。

データは「所有財」ではなく「共有財」

「データはその性質上、所有財というよりも『共有財』としての側面が強いのです」と筆者はいう。

「共有材としてのデータが経済や産業の中核を担うようになったとき、私たちはどのような社会を構想すべきか。これが本書で考えていきたい中心的な主題です。」

石油や石炭は消費されてこそ価値があるため、独占的に所有する企業こそ勝ち組だった。けれどもデータは違う。上記の「芝麻信用(ジーマ・クレジット)」にしても、私たちのたとえば医療データにしても、共有され、活用されてこそ価値を増す(それは必ずしも個人情報が紐付けされている必要はない)。

「所有財から共有財へ」。その価値観の転換がもたらすことは「所有という概念」の変化だ。

人間の歴史というのは「所有という概念」の変遷といっても過言ではないかもしれない。あるいはイデオロギーの歴史。

いわゆる私的所有権は資本主義のベースになる考え方だから、所有の概念が変わるということは、おのずと資本主義社会が大きく変わることになる。「所有という概念」の変遷がもたらす新しい経済については、第3章の「多元化するデータ・エコノミー」に具体的に提示されている。

データ駆動型社会がもたらす新しい経済システム

では、具体的にどのような世界がやってくるのか。

  • GDPのような貨幣的価値だけを指標に置くシステムは限界にさしかかっており、「持続可能な共有価値」がそれに替わりつつある。
  • 指標や価値が多元化するとともに、複数の経済圏が生まれる。
  • デジタル通貨、とりわけ複層化するコミュニティに紐づいたなどが生まれるのではないか。

そのような経済や社会の巨大な変化は何をもたらすのだろうか。終章となる第4章で著者はこう書く。

これまでは「最大多数・最大幸福」という形で考えていた社会システムを、「個別最適解の提供・最大幸福」のシステムに変えていくことができる。それを私は「『生きる』の再発明」と呼んでいます。

たしかに、最大多数への対応から、個別への対応は、これまでもインターネットが最も得意とするところだった。本の嗜好ひとつとっても、どんなに大型の書店でも不可能なマイナーな本を揃え、読者とマッチングすることができる。

データ駆動型社会の中で、民主主義、そして地方と都市のあり方も変わっていく。私たちはどのような社会に直面するのか。そこで、どんな人生を生きていきたいと思うのか。どのようにしてデータが「より良く生きること」に役立っていくのか。最後まで読み終えて、本書のタイトル『共鳴する未来』が示唆するメッセージの大きさ、可能性に慄然とする。

『共鳴する未来』